「エース」が「マネジメント」に目覚めた日
名選手、名監督にあらず
スポーツの世界でよく言われる言葉ですが、ビジネスの世界でも、優れたプレーヤーがそのまま優れたマネージャーになるかは別物です。プレーヤーとして優れた成果を出してマネジャーになった人が、その壁にぶつかり、組織のマネジメントに悩んでいる。
そんな人が周りにも多くいるのではないでしょうか。そして、その壁を乗り越えようと奮闘しているマネジャーが多くいることも確かです。
そこで、今回は、その壁を乗り越え、マネジメントの面白さに目覚めたAさんのエピソードを紹介します。具体的なスキルではなく、ちょっとした気持ちの持ち方かもしれないですが、マネジメントの壁に悩む皆さんのヒントになれば幸いです。
自分だけでなく「チームの顧客」
Aさんは無形商材の法人営業をしており、中途入社にも関わらずメキメキと成果を出し、中途入社者としてはこれまでで最速でマネジャーに昇格しました。
Aさんは誰よりも顧客のことを考え、社内はもちろん、競合企業と比較しても、自分自身が一番顧客に向き合っているという自負がありました。
その甲斐もあり、多くの仕事を受注し、顧客からも信頼されるパートナーとして認知されていました。そして、その成果が評価されマネジャーとなり、6人のメンバーを持つことになりました。同時にチームメンバーが増えたことにより、自身が見るべき顧客数も増えました。
すると、一つ一つの顧客へかける時間が少なくなり、これまでのように顧客とも密なコミュニケーションが取れなくなることにもどかしさを感じはじめました。
さらに、誰よりも顧客のことを自分が考えているという自負や、自分の方ができることが多いが故に、顧客への価値提供を落としたくない思いが先行し、仕事をなかなかメンバーに任せることができずにモヤモヤが溜まっていきました。
一方で、部下の中でも、信頼されていない、仕事を任せてもらえない、という空気が蔓延し、結果としてAさんは一人で孤立するようになっていきました。そうすると、チームとしてのパフォーマンスも下がり、顧客への価値提供も低下していきました。
そしてAさんは信頼しているB部長に相談すると、思ってもいない言葉が返ってきました。「お前さあ、自分のお客さんだと思ってるだろ。違うよ。会社のお客さんなんだよ。お前一人でどんだけ頑張っても、いつか限界くるからさ。」
その一言にAさんはハッとさせられました。自分が顧客のことを一番に考えている、顧客に対して自分が一番価値を提供できる。その考えこそが今パフォーマンスが上がらない原因なんだと。
同時に、Aさんはある種肩の荷が降りたとも言っていました。自分が頑張らないといけないと思い込んでいたけれど、チームとして顧客に向き合うことが何よりも大事なことだと。
もちろん、仕事を任せることも最初は怖かったし、自分がやった方が良いという考えもすぐにはなくなりませんでした。それでも、B部長の一言で、Aさんは気持ちが楽になり、そしてこれまで以上に広い視野で顧客と向き合う必要があると考えるようになりました。
部下は自分が思っているよりできる
そしてその後、Aさんが再びハッとさせられる出来事が起こりました。
仲良くしていた顧客に言われた一言でした。
「Cさん(Aさんの部下)、Aさんがいない時の方がイキイキしてるし、すごい仕事できるじゃん。たまにAさんより良いネタ持ってくるしね」
顧客担当者が笑いながら伝えてくれた何気ない一言でしたが、この言葉はAさんにとっては衝撃的なものでした。これまで部下に任せきれず、自分が頑張らなければと思い込んでいたAさんにとって、部下自身も自分の見えないところで顧客から信頼され、自分とは違うやり方で価値を提供していたのです。
これまでは顧客のことを一番知っているのも自分、顧客に一番価値を提供できるのも自分と思っていたAさんには、悔しくもありましたが、新しい光が見えた瞬間でした。自分が前にでなくても、メンバー一人ひとりの力を引き出すことで、もっと顧客に価値を返せる可能性に初めて気づきました。
何よりも成果を生み出すためには必要だということも実感として持つことができました。B部長が言っていたことの意味もしっかりと理解できたそうです。
偶然もらうことのできた上司と顧客からのヒントでしたが、「自分の顧客ではなくチームの顧客」「部下は自分が思っているよできる」という二つの言葉により、Aさんはマネジメントの面白さに目覚め、チームとしての可能性を今も模索しています。