共感の輪でアウェイの環境を束ねるマネジメント
船橋市副市長を務める辻さん。2011年の東日本大震災では、被災者支援の政府内取りまとめ役を務めました。混沌とした中でどのように多くの人を巻き込み、支援活動を進めてきたのか。マネジメントにおいて、相手との共通点を見つけ、「共感の輪」をつなげていくことが大切だと強調します。
現在は総務省から出向し、船橋市副市長として活動しています。今までと違うカルチャーに身を投じ、自分のことを知らないメンバーを束ねる中で、共通点から『共感の輪』を生み出すことの重要性に気づいたそうです。
本連載では、様々な業界のリーダーに「マネジメントで大切にしていること」をたずねます。
●紹介文
辻 恭介(つじ きょうすけ)、1999年 総務庁(当時)入庁。
入省後は、行政改革の方針の策定や、国家公務員制度改革、電子行政の推進など広範な行政改革に関わるほか,財務省に出向し,予算査定にも従事。2011年には内閣府で東日本大震災の被災者支援の政府内とりまとめ役も務めた。2014年以降は主に働き方改革や若手職員の人事・採用を担当。現在は出向中で、船橋市副市長を務める。
出向して変化したマネジメント
——総務省ではどのようなマネジメントスタイルでしたか。
「大昔は役所でも良きに計らえといった風潮があったと聞きます。少し前までは、そこまでいかずとも、上司は俯瞰して部下に指示を出し、部下から報告が上がってくるのを待って、それに対してまた指示をするというマネジメントが一般的だったと思います」
「しかし、近頃は、課長でもプレイヤーとしての仕事を引き続きしていたりします。抱えている課題の多さ、世の中の動きの速さや、コロナのような未曾有な事態も影響していると思いますが、必ずしも昔のように上司がなんでも知っているわけではありません」
『部下への作業指示と成果物の品質チェックというマネジャー像』はもう通用しなくなっていると思います。私が総務省にいた頃は、プレイングマネジャー的立場で、係長の延長線のような気分で仕事をしていました」
「上司というより、兄貴分的な感じで引っ張っていくようなイメージです。部下の先頭に立ち、自分から突っ込んでいって、まさに背中を見せて『ついてこい!』という感じでした。ありがたいことに、相談に来てくれる部下後輩も少なくなかったですね」
——船橋市副市長になって、マネジメントに変化はありましたか。
「ありましたね。『マネジャー』と言っても、それぞれのポジションによってこなしている仕事や、求められる仕事は異なると思います。そもそも船橋市役所では、誰も私のことを知らないので、当然「兄貴分」というわけにはいきません」
「また、私自身、船橋市の『副市長』という仕事も初めてだし、それ以前に船橋市で仕事をすること自体が初めて。自分の経験した範囲から大きくはみ出すことでなければ、部下からの報告を待ち、それに対するフィードバックや指示をすることができますが、自身の『プレイヤー』としての経験を超える事柄に対しては、『一緒に考える』しかありません」
「そういう『一緒に頭を悩ませる』積み重ねの中でメンバーの信頼を得て、チームとしての成果も併せて出していくしかない。1年間かけて、ようやくそうした信頼関係がみんなと作れてきたかな、と自分では感じています」
「ただ、その中で、『副市長』という職務はとても範囲が広く、カバーする全ての事柄について自分で考えるだけの時間は到底ない。完全に任せる部分と自分が手を突っ込んで一緒に考える部分の選別もとても大切と感じています」
——ある日のFacebookで下記のような投稿を見かけました。マネジメントで大切にしていることは何でしょうか。
部下のパフォーマンスを上げるのが上司の一番大事な仕事の一つ。僕は、それは結局のところ「共感の輪」の下で各人のステージ自体を底上げしていくことによってしかなし得ないと思っている。
そしてそれは、皆が志したことが実現できないような環境下では実現不可能。だから上司自身の企画力突破力実現力がなければ話にならない。だけど、それだけではダメで、上司の根っこに「共感力」「思いやり」がなければただの独裁による恐怖政治となってしまう。
これではせいぜい一瞬の瞬間風速が出るだけですぐに息切れしてしまって、それで終わりで、レベルの「底上げ」には決してならない。社会の多くの人も求めていると思う。
恐怖政治のようなマネジメントは武器を削がれた状態になっている。はみ出すリーダーがいると、若手は元気にできると思う。
辻さんのある日のFacebook投稿
「自分に与えられているマンデートより、少しはみ出したことをやる。その積み重ねが結果として、自分の進みたい方向への推進力を生むのだと思います。自分で『やれる範囲』を決めて、与えられたミッションを淡々とこなすというやり方もあるかもしれないけど、そこからはみ出していかないと、自分のやりたいことは実現できない」
「当然、『はみ出す』ことにはリスクも伴いますが、そのリスクをどう強みに変えるか。『はみ出していく』ということは、それだけ外の世界と接する機会が多くなります。皆が快く自分の提案を受け入れてくれるわけではありません。多くの立場の人から意見をもらうこともあります。自分と異なる意見に直面することもあります」
「そのギャップに苛まれていても、何も進まない。相手をねじ伏せて自分の主張の正当性を認めさせるのではなく、物事を前に進めることのみが大切です。考え方が異なる相手に対しても、『ここは同じだよね』というところ、『ここは一緒にやっていけますよね』というところを探し、その組み合わせをたくさん作ることで大きな『うねり』『推進力』を生み出し、結果、組織の中の『安全な場所』に閉じこもっていては実現できなかったことを成し遂げていく」
「そうした『味方』を増やせるように取り組むと良い結果につながります。組織内でも同じことが言えると思っていて、チームのメンバーの考えが少し違うなと思っても全否定せずに、ここは違うと思うけど、ここの部分は同じ考えだよね」というように共通点を見出し、そういう共通部分を縒り合わせて成果物を作り出していくことで、一体感も生まれるし、チームとしての力も上がるんじゃないかと考えています」
真摯に取り組むことの重要さ
——部下に向き合う上で大切にされていることは何ですか
「とにかく『自分の手を動かすこと』を忘れないことが大切だと思います。総務省にいた頃は、若い頃からの蓄積もあって、僕が部下に指示をすれば、部下も僕の指示を『それなりのもの』と受け止めて、手を動かしてくれました。でも、今は新しい環境で、1年たった今でも、僕が知らないことだらけ」
「どんな組織でもそうだと思いますが、経験の少ない上司がくると、部下の人たちは、相談じゃなくて通そうとしてきます。でもこれって要するに、上司が『役に立ってない』ということだと思うんです」
「本当に立派な管理職であれば、相手が考えてきたものに対して、瞬時に的確なアドバイスや示唆ができると思うけど、今の自分にはそれができない」
「だからこそ、他人事にしない。相手と同じレベルで手を動かして、一緒に考える立場でいること。『この人に相談したら一緒に物事を考えてくれるな』って思われる状況をなるべく多くの人に持ってもらう。それが相手のためでも、自分のためでも、仕事のためでもあると思っていて。さらに、『上司のため』や『目先の評価のため』ではなく、言ってしまえば『組織のため』でもない、『ミッション』そのものに真摯に向き合うこと、その姿勢を見せることが一番大切だと思っています」
これからマネジャーになる人に向けて
——最後にこれから管理職に就く人に向けてエールをお願いします
「『管理職』というと大変な面ばかりがクローズアップされますが、仕事の職責が上がるということは、見える世界が広がるということだと思います。裁量も広がるし、自律的にできる部分が圧倒的に増えてくる」
「仕事はお金をもらうための手段だと割り切ることもできるけど、どうせ自分の人生の一定時間を割かないといけないのなら、より自律的に動けて、多くの人と繋がれる方がワクワクしませんか」
「部下との関わり合いで、当然気をつけるべき最低限のことはあります。けれど、世の中で『管理職』『マネジメントの仕事』がネガティブに取り上げられる事例というのは、特殊だからこそ取り上げられているのであって、世の中のマネジャーというマネジャーが皆、身をすり減らしているわけではありません。世代間ギャップはあると思うし、周りに勧めるわけじゃないけど。僕はそう思います」