課長は考えた 話を聞いてくれない上司と言われ
上司から一方的に説明や指示をするだけでなく、部下の考えや見方を確認してすり合わせを行って相互に納得感のあるコミュニケーションを通じて連携することが求められるようになってきました。
これまでは「こういうことになったから…」という『説明』や「これをやっておいて」という作業の『指示』をすれば良いという意識の上司でも部下との関係性を構築できたかもしれません。
しかし、役割分担の細分化や業務の専門性が高まることで、上司は必ずしも部下よりも「仕事を知っている存在」でい続けることは難しくなってきています。
また、働く人の仕事の進め方や上司と部下の関係に対する認識も変化する中で、上司から具体的な指示を受けるという仕事のスタイルではなく、状況を報告・相談しながら部下が自分で考えて仕事を進めるのを上司が支援するというスタイルに変化してきているとも言えます。
「部下の話をしっかり聞ける上司」こそが部下からの信頼を獲得でき、部下の力を引き出せるという考え方も広まってきています。
しかし、「話を聞く」という人と人とが関わる上であまりにも基本的な行為について何かを変えるのは意外と難しいものです。
実際に12名の部下をもち課長職を務める管理職のAさんも従業員意識調査の結果を受けて「どうして良いか分からない」という気持ちになったと言います。Aさん自身もプレイヤーとしての業務を持ちながら、部下に自分から声をかけることも多く「部下に時間を使う」ことを心がけていたと言います。
しかし、意識調査では部下からAさんのマネジメントについて「話を聞いてくれない」「上司側の意見を押し付ける」という声が挙がっていました。
部下にしていたNGな話し方
Aさんに、普段部下の話をどのように聞いているかを確認したところいくつかの話の聞き方の特徴を見つけることができました。
1つは「それで、それで…?」と結論を早く理解しようと部下の話を急かしてしまうということです。
Aさんは時間がない中で、早く話を理解して対応を決めることが良いことだと考えていたようですが、話をしている部下の側からすると「要は話はなんなのか?」と問い詰められているような気持になっていた可能性があります。
また、Aさんはせっかく相談をしてくれているのだから曖昧な答えをするのではなく、上司として自分が判断する必要があるという想いが強くありました。
部下の話を聞きながら、部下の考えの背景や理由を「なんで、なんで?」と聞き、「だったら、これがいい」と上司として考えられる解決策を伝えていたといいます。
上司として状況に対処することはできているのですが、部下側からすると話の主導権を上司がもち、解決策はなんとなくわかったものの自分の意見はどうなったのか…というモヤモヤ感が残ってしまう状況にあったと考えられます。
そこでAさんと一緒に考えたのは「話の聞き方」です。来談者中心アプローチの提唱者であるロジャースが示しているカウンセリングの基本的な態度に照らしながら話の聞き方を振返ってみました。
積極的に話を聴く時にまず求められるのが「純粋性(自己一致)」です。
話をする相手がイライラしていたり、高圧的な様子であれば、話し手も当然防衛的になります。聞き手自身が心理的に落ち着いた状態で、ありのままの自分を受け入れている状態であることが必要です。
次に「受容的な態度」です。
批判や非難、指摘をする対象を見つけようとするのではなく、話をしている相手を大切な存在として思いやりながら、向き合うことです。
最後に「共感的理解」。
話をする人がどのように感じているのか、考えているかを同感するのではなく、相手のものの見方や考え方に沿って理解をしようとすることです。
話の聞き方を自己採点してみると
Aさんに10点満点で自己分析をしてもらうと、「純粋性(自己一致)」は4点/10点。
会議や面談などの予定が予め入ってるときは、その時間に向けて心構えや準備もできるものの、業務の合間に声を掛けられた時は、どうしても「今、自分がやっていたこと」や「次の予定」に気を取られてしまっていると言います。
心理的な状態も安定していないこともあり「話がしにくい」「話に上司が集中していない」と感じさせて「早めに話を切り上げた方がよい」と思わせてしまっている可能性があるということでした。「受容的な態度」は8点/10点。
「なぜそう思うのか?」と質問して問い詰めていると感じさせている可能性もあるものの、基本的には過去の失敗を持ち出して指示や指導はしていない、できていない点ばかりを言わないなどは過去に一緒に働いた上司を半面教師として十分心がけているという自己評価でした。
そして、最後の「共感的理解」に話が及んだ時に、Aさんは「よく分からない」と答えました。もちろん、言葉としての意味合いは理解はできるものの実際にどのように話を聞くことなのかのイメージがわかないために自己分析もできないというのです。
「これまでの上司や先輩で自分の考えや感じ方、気持ちを受け止めて一緒になって喜んだり、困ったりしながら、相談して仕事を進めたことはありませんか?」という質問に対してもAさんは思いつかないというのです。
共感的理解とはつまり何なのか?
そこで、同感と共感の違いを考えてみることにしました。
同感とは、相手の話を聞き、自分も同じように感じると感覚や価値観が一緒であることを伝えることです。
一方で共感は、相手が感じている気持ちに寄り添い、あたかも相手の気持ちを自分も感じているようにイメージしながら、自分の感じていることを言葉や態度で示すことです。
例えば仕事で大変な状況に出会った時に「分かる、分かる。その状況は納得いかないし、さすがに大変だよね」というのが同感的なアプローチで、「そういう状況になったら、さすがにお手上げだと思ったんじゃない?」と相手の状況や気持ちを想像して、相手が感じたであろうことを自分の言葉で伝えるのが共感的なアプローチです。
共感といっても相手と全く同じように感じる完璧な共感とは何かを突き詰めるというよりも「そういう状況であなたがそう感じたのであれば、きっとこう感じたのではないか?」と自分なりに想像してイメージできたことを伝えればよいのです。
ここまで話をした時に、Aさんがいいました。
「私は自分の感情や気持ちを伝えるのが苦手というか、仕事で感情的なことを良くないと思っている面があるので、若い頃は上司からも『お前はわかりにくい奴だ』ってよく言われていたんですよね。」
「でも、上司から『こんな風に思っているじゃないのか?どうしてそういう受け止め方をしたのか?』とか『あの会議で何か嫌そうな顔してたけど、何が気になったのか?』とかは言われていましたね。あれは、私が考えていることや感じたことから話を進めようとした共感的理解のアプローチですよね」
「仕事を進める上で、事実や必要な情報を収集して、やるべきことがやれているかを確認する、判断して対応策を決めるという意識が強すぎてそれを伝えてくれる部下のことを見れていなかったということかもしれません」
とはいえ、完璧な共感はありえない
Aさんは、部下と話をする必要性も認識して、心がけて部下とコミュニケーションをする時間をとってきました。
しかし、自分の仕事の進め方に関する価値観や課長としての役割をきちんと果たそうという思いの方が強く、一緒に働く部下の考え方や感じ方を踏まえた投げかけや働きかけが少なくなってしまっており、部下に心理的な不安感を与えてしまっていたようです。
事実が分かれば判断や対応策を決めることはできますが、その過程で関わる部下のものの見方や考え方を踏まえていなければ、部下は自分の考えとして納得感をもって仕事を進めにくくなってしまいます。
話を聞く側は、相手の土俵に乗るようで、相手の感じていることを率直に話してもらうことに怖さを感じることもあると思います。
しかし、完璧な共感というものがあるわけではなく「聞き手が自分の感じ方や感覚を受け止めてくれようとしている」と話し手が感じることで、話し手は自分の話を加速して伝えることができるようになります。
日々の仕事の中の全ての場面では難しかったとしても、部下が困っていそうなとき、納得が言っていない時などには共感的なアプローチを意識することで、部下は相談できる上司、話を聞いてくれる上司と感じて、相互の信頼関係を作っていくことができるのではないでしょうか。