1. HOME
  2. コミュニケーションの 質を高める
  3. 伝わる瞬間は木苺を見つけた時の感動と同じ CODAから培われたコミュニケーションの術
コミュニケーションの 質を高める

伝わる瞬間は木苺を見つけた時の感動と同じ CODAから培われたコミュニケーションの術

 

サイレントボイスの代表を務める尾中さんは、聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子ども(通称CODA)です。発話よりも先に手話を身に付け、幼少の頃よりコミュニケーションの難しさを感じてきました。あるエピソードが記者の胸を打ちました。

 

エピソード
尾中さんは保育園に通い始めたころ、日本語が話せずに毎日泣きながら帰っていました。
ある日、園の行事で、山登りに出かけました。一人の男の子が、尾中さんに木苺を渡し、一緒に食べてくれました。はじめての経験、はじめての友達。泣かずに帰った日でした。
すぐにお母さんに伝えました。けれども、木苺を表す手話が分かりません。絵も描きました。それでも伝わらない。お母さんも、何を指しているのか分からない。しまいに二人で泣いてしまいました。
帰宅したお父さんが、その場を見て、家族を車に乗せました。その日登った山道を車で駆け上がり、3人でやぶの中を探します。
小さな木苺が、月明かりに照らされていました。お父さんが走って駆け寄り、尾中さんを抱き抱えました。家族みんなで見つけた木苺。その瞬間の感動が、今でも尾中さんを支えています。

尾中さんは現在、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動しています。サイレントボイスは、従業員の半数が聴覚障害のあるスタッフです。

コミュニケーションに関して、『残念に思う場面があっても、諦めなければいつか通じ合うことができると思うんです』と話す尾中さん。職場のコミュニケーションで大切なことを聞いてきました。

職場関係を良くする「必要な無駄」

――聴覚障害にかかわらず、職場でのコミュニケーションには難しさがあります。プライベートと仕事でコミュニケーションの違いは何ですか?

「プライベートでのコミュニケーションは、より楽しくなることを歓迎しますよね。一方、仕事では成果を出さなければいけない。けれど、コミュニケーションにまで、目的と手段を整理すると、かえって効率が悪くなると思います。職場では、『必要な無駄』を積極的に採用し、プライベートな関わりを増やすようにしています。相手の言葉の背景がわかると、同じ言葉でも受け止め方が変わります」

――『必要な無駄』とはどういったことを指すのでしょうか?

「メンバーのスキルとか、関心とか、原体験のことです。会社の目指すべき目標やゴールについては共有しますが、一人ひとりの現在地や入口の共有は見落とされがちです。特に原体験には、個々人によって特徴があので。相手のことを知らずに発言すると、傷つける可能性があります」

相手を傷つける「良かれと思って」

――どんなことがタブーになりますか?

「例えば、僕はCODAですが、相手との関係性が浅いほど、勘違いされることがあります。『尾中さんも両親のこと恥ずかしくて隠してましたもんね』といった具合に。確かに、CODAの幼少期のエピソードとして、よく耳にする話ではあります。けれど、僕は幼少期に親のことを隠したことなんてないです」

「障害のあるなしに関係なく、誰だって決めつけられたら嫌じゃないですか。違う立場だからこそ、優しくしようとして、良かれと思って言動をとることがある。でも「良かれと思って」がうまく行かないとき、根っこには無知があるように思います。相手個人を知ろうとする努力がない。僕はコミュニケーションもマネジメントの中に取り入れられるべきだと考えています」

CODA:聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子ども

オンライン取材を快諾してくださった尾中さん。物腰柔らかく優しい印象を受けました。

相手を個別に知る努力が大切

――相手の原体験やプライベートな面を大切にするようになったのはどうしてですか?

「お互いの背景を共有することで、もう一段階、相手の理解を深めることができるからです。印象的な記憶があります。僕が高校生の頃、父はいつも帰りが早く、僕の自転車を毎日磨いてくれていました。『そんなに毎日磨かなくてもいいよ』と言っても、『自転車を磨くだけで、自分が高校に通えている気持ちになるねん』と嬉しそうに自転車を磨きます」

「ある時、父に何の仕事をしているのかと尋ねました。それまでにも何度か尋ねてきましたが、いつもはぐらかされていました。その日は、すごく言い出しづらそうに、打ち明けてくれました。『監獄に入ってるつもりで働いています』という前置きをして」

「父はエアコン工場で働いていたようです。ライン作業で、ネジを閉める作業です。工場の音が大きいので、聴覚障害者は重宝されました。『30年間同じ仕事の繰り返しや』と話す父。はじめて父が日中、何をしているのかを知りました」

「自転車を磨いてくれる理由についても話してくれました。僕の通っていた高校は父が行きたかった高校のようです。父は、『聞こえない子は聞こえない子の学校に行きなさい』と言われて、普通の高校にはいけなかったようで」

「その会話をしてから、言葉や行為だけでなく、そのもっと中にある相手の心の動きを考えるようになりました。時には、相手の嘘を嘘と見抜かないといけない場面もあります。嘘に限らず、なんでそう言ったんやろうとか。相手のことを理解できれば、受け止め方も柔軟になりますよね」

お互いにズレても伝わるまで伝える

――相手のことをある程度理解していても、コミュニケーションにつまづくことはありませんか?

「ありますね。笑 ある部下には何度も頭を悩ませました。でも、もし自分が諦めてしまったら。育てる風土に自分で穴を開けてしまったら。組織の中に育てる風土が残らないだろうと思いました。それに、自分が残念に思う場面があっても、彼自身も諦めていないから。僕も努力したい。今でもその部下には、諦めそうになるし、日々戦いですけど」

「でも、ここ最近、彼の成長を感じています。僕が彼に教わることもあったりして。諦めなかったから今の彼に出会えてる。長期的に相手に向き合うことが大切だと思います」

――上司と部下の関係においても長期的な視点は必要ですよね。けれど、なかなか伝わらなければ、諦めようとしませんか?

「伝わらないとか、残念なことに対して、イライラしていました。自分の能力不足も感じるし。そういう思いをつまらせて、疲弊していましたね。でも今は、コミュニケーションを諦めないことそのものが、相手への思いやりであって、人として生きるための作業だと思います。」

「社会人になってから多くの人に出会ってきました。人と自分が違うのは当然だと思って。そのことを踏まえた上で、場面場面で判断しなくなったというか。諦めなければ、変わるということを信じるようになりました」

「主体的に動く環境になったことも影響しています。コミュニケーションの快不快ではなくて。出会った人に対して良い結果であって欲しいと、純粋に望めるようになりました。昔は、しなければいけないみたいな気持ちがあって。でも今は、こうできた方が自分にとってもいいよねと思えます」

「人と分かり合えた瞬間は、木苺を見つけた時の感動に似ています。あの瞬間、あの行為、あの気持ち。骨格だけ残したら、伝わるまで伝えるという部分は変わらない。だからこれからも、その人とわかり合えるまで、手を変え品を変え、挑み続けるんでしょうね。木苺を探し続けたように」

父親に抱き抱えられる幼少期の尾中さん

▼記者が感動した動画はこちら

BELLWETHER

Bellwetherは、現場をなんとかしたいと思っているリーダーに向けて発信する、マネジメントメディアです。株式会社KAKEAIが運営しています。これから管理職に就こうとしているリーダーに、マネジメントとは何かを感じ取るための、様々な考え方や理論、組織を牽引するリーダーの考え方を幅広く紹介します。多様性を楽しみ、解なき複雑な時代に挑むリーダーを応援します。

アクセスランキング

運営会社