「厳しい指導」もパワハラ認定? イマドキ社員の叱り方
「教育のつもりでやっただけ」「本人のためを思って言っただけ」「パワハラのつもりはなかった」
これらは、パワハラで訴えられた人がよく口にする言葉です。
この言葉に嘘はないのかもしれません。
しかし、彼らの言動が部下を精神的に追い込んだ事実がある以上、訴えが通って、ハラスメントに認定される可能性は大いにあるのです。
では、部下のためを思っての指導がパワハラとして受け取られないようにするには、どの点に注意すればよいのでしょうか。山田・尾崎法律事務所の山田秀雄先生にお話を伺いました。
「自分もされた」は通用しない
「世の中には『部下を困らせてやろう』『ストレス発散に部下に八つ当たりしよう』と確信犯的にパワハラを行う人もいますが、それはいじめと変わらず、明らかにNGであることは言うまでもありません。しかし、最近パワハラとして認められるものには、そうした確信犯的な例だけではなく、本人は心から『本当に教育のつもりだった』というケースが少なからず存在します」
――教育のつもりがパワハラに。いったいなぜこのような齟齬が生じてしまうのでしょうか。
「日本では長い間、軍隊感覚の指導が職場でも行われてきました。『厳しい競争社会の中で勝ち残っていくには、どんなことにも耐え抜く根性とそのためのしごきが尊いものだ』という考え方が当たり前だったのです。今ではパワハラとして認められる厳しい叱咤はもちろん、時には手を上げることも当たり前でした。」
「しかし、それを疑問視して相談に来る人は少なかったため、弁護士も案件を扱いませんでした。そのため現在も『自分も同じようにされてきたから』という理由で、部下にとっては理不尽と取れる指導をよかれと思ってしている職場が多いのです。自分も同じやり方で教育されてきたから、ほかにどう指導すればよいかわからない、というマネージャーも多いでしょう。」
「しかし近年、パワハラという概念が認知されるようになり、声を上げてもいいという風潮になってきました。特に家庭や学校で厳しい指導を受けたことがない若い人たちにとっては、従来の軍隊的なしごきは暴力に他ならず、理解できません。『部下のため』という度が過ぎた言動を受け止めきれず、仕事に支障が出るほどまで追い込まれてしまう社員が増えたのです。育ってきた環境の違いもあり、昔はよかったことが今の人には通用しない、という現象が起こっています」
パワハラケース8つ
――指導とはいえ、明らかにアウトなパワハラはどのようなものがあるのでしょうか。
山田先生によると、指導とはいえ「明らかにアウト」となる基準を厚生労働省が設けており、おおまかには次の8つのケースがあるそうです。
・暴力
・人格否定
・暴言
・執拗な避難
・威圧的な態度
・怒鳴る
・実現不可能な量や内容の仕事を与える
・仕事を与えない
「当たり前ですが“暴力”。殴ったり叩いたりするのは、いかなる理由があっても許されないことです。続いて“人格否定”。『性格が暗い』など個人の性格や主張かかわることは言うべきではありません。そして“暴言”。『死ね』『給料泥棒』など、冗談のつもりであってもこれはパワハラです」
これら3つは誰の目にも明らかなパワハラですが、以降はよかれと思ってやっている上司も多いケースです。
「まず『どうしてそんなに仕事ができないんだ』『何度言ったらわかるんだ』などの“執拗な非難”。上司からすれば、言ったとおりにやってほしい、言うことを聞いてほしいという思いからつい口にしているのかもしれませんが、要注意です。」
「それから、上司や先輩など、上位の立場であることを過剰に意識させる“威圧的な態度”。そして“怒鳴る”行為。感情的になることは誰しもありますが、怒鳴ることによって冷静かつ建設的な議論ができず、一方的にコミュニケーションを遮断することになります。これらはいずれも部下を委縮させてしまいます。さらに“明らかに実現不可能な量や内容の仕事を与える”こと。大量の仕事を与えることで、できないという状態を作り出して叱責したり、できていない状態によって本人が『指摘されても仕方がない』という心理状態に陥ったりする可能性があります。」
「また、逆に“仕事を与えない”こと。本来の役割であれば頼むべき仕事を、説明もなく与えなかったり、会議で発言をしてもらうべきところで発言をさせない、遮るといったりすることがあると、部下側にとっては無視されている、存在を軽んじられていると感じてしまいます。たとえ一時的に部下本人に気づきを与えようとした指導の一環だとしても、パワハラ認定されるものばかりです」
受けとめる側に立った指導が必須
――従来のやり方はもう通用しない、ということですね?
「時代の流れによって、今では通用しないことが多くなりました。従来の指導法が正しいとは思いませんが、会社と社員の成長のために、ときには厳しい指導も必要な場面もあるでしょう。しかし、訴えられるハードルが低くなっているために、パワハラに過敏になりすぎている風潮があるようにも思えます」
――パワハラにならない指導をするにはどうすればよいでしょうか?
「パワハラを恐れて言うべきことも言えないというのはよくありません。仕事をするうえで、改善してもらわなければならない点がある場合、叱る場面は必ずあるからです。そのときは、常識的なことですが、感情的にならずに冷静に指摘をしたり、間違えた原因を部下からきちんと聞き出したりすることが肝心ですね。受け止める部下の性格や価値観に合わせた指導をしていくことが、パワハラを防ぐことにつながると思います」
職場で社員がパワハラをしていたら
――自分は気をつけても、職場内で他の社員が部下にパワハラと思われるようなことをしていたらどうすればよいでしょうか?
「もちろん見て見ぬふりはよくありません。パワハラを改善しようとしない職場は“職場環境配慮義務”に違反するため、公益通報、つまり内部告発の義務があるからです。義務とはいえ怠ったところで罰則は特にありませんが、公益通報の窓口に通告することが望ましいでしょう。企業内に設置された通報窓口、または処分・勧告等権限を有する行政機関(消費者庁の公益通報者保護制度ダイヤルで通報先について相談可能)で受け付けています。」
「放置していれば職場環境を悪化させたことで責任を追及される可能性も大。良い人材も離れていく可能性が高く、組織には悪い影響しかありません。ハラスメントは上の地位から下の地位に行われることが多いため、弱い立場の人が遭う可能性が高い。その点を意識して、部下に寄り添い、地道に改善していく必要があります」
――つまり、ハラスメントは組織の問題ということですよね?
「はい、セクハラもパワハラも、ハラスメントは個人の問題ではなく“組織の問題”なのです。弱い立場の人ほどパワハラに遭っているという前提で、何をどう改善するかを組織単位で考えていくべきです。組織的に整備するには時間がかかりますが、やらないと始まりません。」
「そのためには、組織のトップ、管理職、人事部がハラスメントを防ぐという自覚を持つことが必須です。就業規則を改善したり、相談窓口を設けたり、実態を把握するアンケートを実施したりなど、できることはたくさんあります。上層部が変わらないと職場は変わらない、それは間違いないと言えるでしょう」
(取材・文=富永玲奈)
【山田秀雄先生のプロフィール】
山田・尾崎法律事務所の代表弁護士。1992年の開業以来、一貫して企業法務,一般民事事件を中心に活動。多数の顧問会社の法律相談・商事事件及び不動産,損害賠償,遺産事件,家事事件などの民事事件の訴訟を手がける。近時はPL問題,民事介入暴力,セクシュアル・ハラスメント,ストーカー,ドメスティック・バイオレンス等の分野についてリスク・マネ-ジメント(危機管理)の観点から、企業の指導にあたっている。NHK,民放をはじめ、ラジオ,テレビにコメンテーターとして出演。また、講演・著作活動の機会も多い。著書に『弁護士が教えるセクハラ対策ルールブック』(日本経済新聞出版社 ※共著)などがある。http://www.yamada-ozaki.com/