「なぜ部下とうまくいかないのか」で学ぶ発達心理
上司と部下の関わり合いというのは多かれ少なかれ誰しもが悩みがある物です。コミュニケーション強化や目標設定、適切な称賛と叱責等様々なアプローチがありますが、その改善は一筋縄ではいきません。成人発達理論では、人間は成長してから死ぬまで一生成長すると考えられています。
本記事では加藤洋平さんの著書「なぜ部下とうまくいかないのか」(日本能率協会マネジメントセンター【JMAM】、2016年)を読み、そこに示されている、成人発達理論の概要や私たちの成長とビジネスにおける関連性をまとめていきます。
●紹介文
加藤洋平氏
最新の成人発達支援の方法論によって企業経営者、次世代リーダーの人財育成を支援する人財開発コンサルタント。知性発達科学者として成人発達に関する学術的な探究にも従事。
上司・部下・組織、そしてその成長に関する課題に対してヒントを与えるのが発達心理学の一分野である成人発達理論であるが、日本の企業社会においてはほとんど取り入れられていない。本書は、成人発達理論の大家であるハーバード大学のロバート・キーガン教授から直接学んだ著者が、その知見を通じて組織変革やビジネスパーソンの成長に資するべく執筆されている。
成人発達理論とは
人間の発達段階には5つの意識段階(レベル)があり、そのうち成人以降では4つの段階があります。意識段階とはレンズにも例えられ、人それぞれが持つレンズによって世界を見る目が異なり、物事の捉え方が異なります。
成人以降の4つの意識段階とは、段階2(成人以降における最初の段階)の「利己的段階」から、「他者依存段階」、「自己主導段階」、「自己変容段階」へとレベルがあがっていきます。
そして、意識段階が高くなればなるほど、物事を広く深く理解できるようになります。また、自分が現在持っている意識段階よりも上の段階を理解する事はできません。
ただここで注意すべきなのは、意識段階が高い事が一概に良いとは言えないという点です。例えば、意識段階が高い事によって物事を広く捉える事で当事者意識が薄れるといった事が起こり得る為です。
また、発達心理学においては、低い意識段階を抑圧したり差別する事は認めらていません。
具体的には、「あの人は意識段階が低いから重要な仕事は任せられない」のような差別が生まれないように注意する事も重要です。
各意識段階の特徴と仕事上の成長支援
利己的段階(段階2)
道具主義的段階とも言われます。この段階にいる人は、自分中心的な認識の枠組みを持っています。
自らの関心事項や欲求を満たす為に他者を道具のようにみなします。また、自分中心の世界観を持っており、相手の感情や思考を理解する事が難しいといえます。成人人口の約10%が該当します。
この段階にいるメンバーに対しては、相手の考えを理解する為に「二人称の視点」を養うように「相手はどう考えているのか」を問いかけながら、自身の思考を促す事が有効です。
その際、無理に成長を促す事で成長の限界を生む「ピアジェ効果」に留意しなくてはなりません。また、この段階の人は感情的になりやすい傾向がある為、上司は感情的にならず、冷静でいる事が重要です。
他者依存段階(段階3)
慣習的段階とも言われます。相手の立場にたって思考できるという優れた特徴を獲得できている状態ですが、組織や集団に従属し、他者に依存する形で意思決定をするという特徴があります。
その為、自分独自の価値体系が十分に構築できていない為、自分の意見や考えを表明する事が難しいという側面もあります。段階4へ移行している途中の人も含め、成人人口の約70%が該当します。
この段階のメンバーに自律的な行動を促すには、上司から単純に仕事を振るのではなく、その意味や手順を本人に考えさせて自身の考えを問う事が重要です。
日本の大企業では組織階層の上の者が下の者を抑圧するメカニズムが発揮されやすく、それにより組織として発達段階3にとどめる力が働き、イノベーションの創出が困難になっているという事も言えます。
イノベーションを生み出すには既存の情報を鵜呑みにせず、権威に屈する事のない健全な批判の目を持つ事が必要です。その為には、自分の考えを言語化する事を習慣づける事により、自分の「内なる声」を発見する事も重要なアプローチといえます。
自己主導段階(段階4)
自己著述段階とも言われます。自分なりの価値体系や意思決定基準を持ち、自律的な行動をとれるようになります。また、自分の「内なる声」を発見し、それを表明する事ができます。
単なる欲求ではなく自身の高度な価値基準に沿って判断をし、自分と同じように他者にも独自の価値基準があると理解し敬意を持つという点で、利己的段階とは大きく異なります。
一方でこの段階の限界として、自分の価値観を重要視するあまりそれに縛られ、自分と異なる価値観を受け入れる事ができないケースがあるという特徴もあります。成人人口の約20%がこれに該当します。
本書でも示されていますが、ロバート・キーガンによれば、この段階の人が企業社会の中で最も重要だとされています。その理由は、業界固有のベストプラクティスを鵜呑みにする事なく、自分なりの考えや理論を生み出し、自律的に行動する事ができるからです。
また、この段階の人は自己成長意欲も高い傾向があります。自己成長には「垂直的な成長」と「水平的な成長」があり、前者は意識の器の拡大や意識の変化を指し、後者はスキルや知識の向上を指します。どちらも大切ですが、段階4の人は水平的な成長を求める傾向にあり、日本企業においてもこれまで、この水平的な成長のみが重視されてきました。
発達段階5への鍵を握るのは、他者の存在です。段階4の人は過去の成功体験に縛られ、自分の力でそれを成し遂げたと捉える傾向にあります。
そこから成長する為には、まず自分の成果において周囲の人がどのように関わってくれたのか、他社の存在に意識を向けてもらう事や、自分の意見を客観視してその弱みを理解し、他者の意見を受け入れられるようにサポートをする事が重要です。
自己変容段階(段階5)
相互発達段階とも言われます。この段階の人は、解放感と柔軟性に富み、他者との協同が優れた学びの場であると理解しています。それにより、企業社会において良き協同者となり部下のみならず組織全体を成長させてくれます。そして他の段階とは異なり唯一、組織を率いる永続的なリーダーとなり得ます。成人人口の1%未満と言われています。
段階5へ到達するには、自身の価値観を破壊して再構築する「自己の脱構築サイクル」を経る必要があります。その為には、異業種の人に触れたり積極的に新しいプロジェクトに参画する等の行動が有効です。
人生を歩む上での一つの示唆
ここまで、成人以降の発達段階の特徴と、その人に企業において成長してもらう為のポイントを本書から要約する形でまとめてきました。
筆者の加藤さんは本書の中で、以下のように述べています。
発達段階が高度になっていくにつれ、必ずしも生きることが楽になったり、人生が良くなったりするとは言えません。
(「なぜ部下と上手くいかないのか」JMAM,2016年,p.228)
これは、発達段階が高度になるにつれ、つきつけられる課題が過酷なものになっていく為です。一方で、以下のようにも述べています。
私たちは、一生涯発達をしていけば、人生における悲劇、喜劇、そして、人生が持つ美と儚さを含め、諸々のことを知って死ぬことができるかもしれません。
(「なぜ部下と上手くいかないのか」JMAM,2016年,p.231)
人によって人生の中で求めるものは様々ですし、時と共に変化する事もあると思います。
そういった中で、本書は自分の段階を発達心理学の観点で客観的に捉え、今後の人生の方向性を考える上での大きな示唆になると感じました。
成人発達理論についてより詳しく知りたい方は、ぜひ本書を手にとってみては如何でしょうか。