部下育成とは
目次
経営学者のピーター・ドラッカーは、マネージャーの仕事を「目標設定」「組織化」「コミュニケーション」「評価測定」「人材育成」の5つで定義しています。
実際の業務の現場でマネージャーはどのように部下の育成に取り組むとよいのでしょうか。
マネージャーと部下の関わり
まず、組織のマネージャー・管理職(上司)と部下が関わる意義を考えてみますマネージャー・管理職(上司)は、管掌する組織に所属するメンバーである部下とともに自組織のミッション、役割を遂行することに責任を有します。
その際には、今やるべき業務を遂行するだけでなく、企業にとっての重要な経営資源の一つである人材リソースの価値を高めていくことも期待されます。
そのような観点からは、マネージャー・管理職(上司)と部下のかかわりにおいては、現在遂行する必要がある業務の成果を創出するための支援という側面と部下の能力開発や経験値を高める成長を支援するという側面があると言えます。
実際の業務においては、マネージャー・管理職(上司)と部下は指示を受けて担当業務を遂行し、報告・連絡・相談で連携しながら、業務を進めていくことになります。
その時々において業務支援の側面と成長支援の側面があることを意識してマネージャー・管理職が部下に関わることで2つの支援を効果的に進めることが可能になります。
人材育成のアプローチ
企業における育成は、OJT(On-the-Job Training)と呼ばれる業務の現場でのトレーニングと通常の業務を一時的に離れて行うトレーニングであるOFF-JT(OFF the Job Training)に大別されます。
OJT(On-the-Job Training)
職場の上司や先輩が、部下や後輩に対し具体的な仕事を与えて、その仕事を通して、仕事に必要な知識・技術・技能・態度などを意図的・計画的・継続的に指導し、修得させることによって全体的な業務処理能力や力量を育成する活動である。 Wikipediaより
OJTへの取り組み方
OJTの定義にあるように「具体的な仕事を与えて、その仕事を通して、仕事に必要な知識・技術・技能・態度などを意図的・計画的・継続的に指導し、修得させる」ために、マネージャーがデザインできることは、業務のアサインと具体的な関り方の2つです。
一般的に部下に対する育成をするというと、勉強会など特別な取り組みを企画することも多くありますが、実務の中で効果的に育成をしていくアプローチを考えてみましょう。
効果的なOJTのコツ
①業務遂行力と遂行状況
これまでどのような経験をしてきたのかを把握しながら、部下がどのような業務を遂行する能力があるかを把握する必要があります。
部下自身が自分の力をどのように認識しているのかを確認しながら、どのような業務を安心して任せることができるのかを上司として見立てていきます。
この時に専門能力のスキルだけではなく、ポータブルスキルと呼ばれるような汎用的に業務を進める上で必要な力も併せて確認しておくことで、どの程度業務を任せることで目標を達成することができるかや、部下本人の成長を促すための業務アサインを考えることができるようになります。
②仕事で実現したいこと
仕事に対する価値観や今の会社で何を実現したいと思っているかは、部下個人によって異なります。
経験や仕事の履歴ともいえる伽観的に把握できる外的キャリアは同じように見えても、個人が考える自分自身の歩みである内的キャリアは主観的な解釈や評価によるものです。
例えば、入社して一貫して営業職のキャリアを歩んでいる部下がいたとします。
営業職のAさんは、自分のキャリアの強みは先進的かつ大手企業の担当として顧客との関係性をマネジメントできることだと考えています。
この場合は、本人の強みにつながると言える顧客の担当をすることがやりがいにつながっていくことが考えられます。
一方で同じ営業職のBさんは、難しい交渉や複雑な利害関係をまとめきれるというスキルや経験を自分の強みだと認識しており、今後はより企画的な業務を担当したいと考えていました。
このように同じ仕事を担当していても、今「やりがい」を感じていることや3~5年後にどのような状態になっていたいかというキャリアビジョンは個人によって異なります。
今の仕事を意味づけて、なりたい姿に近づくために今の業務を活用していくためににも上司が部下の今、そして将来仕事で実現したいことを把握しておくひつようがあります。
③ワークライフバランスなどの環境要因
出産、育児、介護等のライフイベントの状況や今後の見通しを把握しておくと、現在だけではなく今後の仕事に割ける時間や今後業務の幅をどの程度広げていきたいという希望をもっているかなど、業務遂行だけではなく成長のイメージを共有することができます。
直近で何かしらの業務の調整や担当の変更の希望していなくても、何かあった時に相談ができる環境があると安心して業務を進めることができます。
業務アサイン
部署の役割を遂行し、目標を達成するために必要な業務に対して、どの部下に何の業務を担当してもらうのかを決めていきます。
この時に、部下それぞれの志向や業務遂行能力、育成的な課題を考慮することが必要です。部下それぞれの見立てに応じて、確実に成果が期待できる業務をアサインする適格要件での業務分担に加えて、今後の能力開発に向けてスキルの向上や経験の幅を広げるための成長目的の業務分担のアサインを考慮することが求められます。
具体的な関り方
業務がスタートして以降は、マネージャー・管理職(上司)と部下はやりとりを継続していくことになりますが、どの程度指示を出すのか、どの部分はぶか自身に判断させるのかなどマネージャー・管理職(上司)の関与度を部下の特性や業務内容・難易度に応じて変えていくことで確実な業務遂行と部下の成長支援を進めていきます。
マネージャー(管理職)が部下に関わる上では、部下の特性と状況に応じた関わり方をすることが求められます。
マネージャー(管理職)が部下によって関わり方を変えるというとネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。
平等と公正の違いという観点から考えれば、成果責任を果たしていく上で状況や相手に応じた対応を選択していくことは公正な方法論だと考えられます。
人材育成を効果的に行うためには、ただ何かを伝えるだけでなくマネージャー(管理職)が企図する方向に部下の意識や気持ちを変化させ行動変容を促すことが必要になります。
その際に、どのような「企図=アプローチ」があるのかを整理してみましょう。
教える・理解してもらう
マネージャー(管理職)が経営や事業の方針を伝える時や、業務の指示を行う時には、情報を伝えその内容を理解して部下自身が咀嚼することをサポートします。
また、具体的な業務の遂行に必要な知識やスキル、方法論をマネージャー(管理職)から伝える際にも、部下が理解できているかを確認しながら情報を伝える必要があります。
【ポイント】
・What(何をするか)だけでなく、How(どのようにやるか)、Reason(なぜやるか)の情報をセットで伝える。
・マネージャー(管理職)が伝えた内容を部下自身に言語化してもらい理解を確認する。
フィードバックで気付きを与える
部下の成果や取り組み状況に対して、マネージャー(管理職)が何かしらのコメントをすることをフィードバックと呼びます。
本来の英語の意味は、“Feed”栄養を“Back”与える・返すですが、現状の認識をすり合わせ、良い点の再現性を高め、改善や伸張を促すことを目的とした関わり全般を指します。
行動分析学で「好子」「嫌子」と言われるように強化したい点を気づかせる良い点のフィードバックと改善を求めるフィードバックをバランスよく行うことで、育成効果が高まります。
【ポイント】
・事実に基づいて、良い点と具体的な事例から課題を指摘する
・さらなる成長に向けて期待する到達水準や具体的な方法論を提示する
考えさせる
マネージャー(管理職)が部下とコミュニケーションをする中では、教え、伝えることが多くなりがちです。
しかし、なぜそうなのか?どのような方法論が良いのか?と部下自身が考えて答えを見つけることで、理解が深まり主体的な意見がでてくるものです。
ただ業務をこなすだけでなく、目的を考えて必要な対応を考えてほしい時や部下本人の意見の精度を高めたいときには「5W2H(When(いつ) Where(どこで) Who(誰が)What(何を)How(どうする) Why(なぜ) How Much、How Many(いくら、いくつ)の質問を投げかけることが必要です。
【ポイント】
・マネージャー(管理職)として、なぜそのテーマ(幅や多様な視点)を考えてほしいのかを伝える
・時間を区切って、考えを部下にまとめてもらい、マネージャー(管理職)とすり合わせをしながら精度を高める
部下から話を引き出したい時の対応
日々の業務の進捗確認は、合間の会話やメール等でやり取りをしますが、何かしら部下の考えや認識を引き出したいときには、対話の場を設定することが必要です。部下に話をしてほしいテーマを予め伝えておき、個室の会議室などの話しやすい環境を準備します。
また、その対話の時間では、上司(マネージャー)の指示や考えを伝えるのではなく、部下の考えをまず聞き、そのうえですり合わせを行う場であるという目的を確認します。
1)場の設定
対話を始める前に、その時間の終了時には何を明確にしたいのか、どのような点をすり合わせたいのか、といった対話のゴールについても確認します。
2)部下の考えをまず聴く
対話の目的とゴールを確認したら、部下にまず話をしてもらいます。結論を急がずにまず、部下の話を遮らずにまずは部下に今の認識や考えを話してもらいます。
3)質問する
次に上司(マネージャー)が、部下の話をきちんと理解できているかを確認するための質問をします。
言葉の定義や現状をどう評価して、どう進めようとしているのかなど部下の話について上司(マネージャー)の理解したことを伝え、部下の認識とずれがないかを確認します。また、上司(マネージャー)の考えを想定して、求められている答えを回答していると感じた場合にも部下自身の考えを言っているか、確認します。
4)整理する
人は話をしながら自分の考えを整理していきます。
部下の話について理解した内容について整合されていないと感じた点については、「他の観点で見ると別の評価ができないか」「優先順位の判断が違うと別の方法がないか」など話を整理しながら、部下の考えをより明確にしていきます。
5)フィードバック・提案する
部下の話を理解し、整理したうえで、上司(マネージャー)が良いと感じた点、同じ意見だと感じる点を伝えます。
何かしら部下の考えを修正して別の考えを取り入れてほしいと感じた場合は、改善点を伝えることもします。
そのうえで、状況の認識について、別の見方や気づいていない視点(考え方、やり方)を伝えるほか、具体的な方法論ややり方を提供します。
6)合意した点の確認とネクストステップの確認
次の対話の時間までにどのような状況を目指すのか、具体的にどのような言動をとるイメージか「動き方」を上司(マネージャー)と部下で確認します。
合意できなかったことについては、双方持ち帰り次の対話の時間に何を論点に話をするかを確認します。
企業における人材育成は、On The Job Training(OJT)と呼ばれる日常業務を通じた学習機会とOff The Job Training(Off-JT)と呼ばれる仕事の場を離れて行う学習の2つに大別できます。
OJTとOff-JTのポイント
日常業務を通じた学習機会であるOJTでは、現場で実際に仕事を進めながら、上司や先輩が必要な知識やスキルを(計画的・体系的に)部下に教え、身につけられるようにしていきます。
狭義のOJTでは、何かしらの業務を上司や先輩が部下(後輩)であるOJTの対象者に依頼し、その遂行状況に対して良し悪しやより良く仕事を進める方法を伝えたることで、遂行できる業務のレベルを引き上げていきます。
また、部下(後輩)の業務遂行レベルに応じて関わり方を変えることも必要です。
- 任せる:アウトプットイメージのすり合わせをして、方向性を確認し、進捗を確認する
- プロセスへの関わり:業務の進め方を確認し、報告・相談をしながら業務を進める
- 日常的な関わり:依頼した業務の区切りごとに確認しながら業務を進める
例えば、ある一定の仕事を
①任せられる、②プロセスへの関わり、③日常的な関りという段階に関わり方を分けたときに、部下(後輩)がどの程度安心感をもって任せられるのかを見立てる必要があります。
基本の関わり方を決めた上で、時々関与の少ない段階で進める仕事ができるように部下(後輩)に促していくと良いでしょう。
②プロセスへの関わりで、マネージャー(上司)として気になる観点や判断基準を伝えておくとより早く①任せる段階に移行できるようになります。
では、広義のOJTとは何でしょうか?それは狭義のOJTの前提となる業務のアサインを含んだ概念です。実際にマネージャー(上司)が部署の業務を部下に振り分けていくときには、部下の経験やスキルを考慮しながら、「できるだろう仕事」をアサインしていきます。
マネージャー(上司)は、確実にできると思われる仕事を部下にアサインすることで確実に成果を出してもらうことを期待できますが、部下の成長という観点からは少し背伸びをしたチャレンジングな仕事をアサインすることで部下に能力開発や経験値を高める機会を提供することができます。
OJTというと日々どう関わって、何を教えるか?がテーマになりがちですが、部下の今後の成長を促すためにどのような経験を詰める機会を与えることができるか?を考え、業務のアサインをすることで想定以上の成長を促すこともできるようになります。
Off-JT
一般的にOff-JTは、研修や外部のセミナーなど業務に必要な知識やスキルを習得する機会、に加えて、個人で行う情報収集や読書なども含まれます。
最近は個人向けのイベントやセミナーが増えてきていますが、広い意味ではこうしたものもOff-JTとして機能していると考えられます。
マネージャー(上司)としてできることは、どのような情報収集や知識を学ぶと業務に活きるのか、部下が今抱えている課題の解決につながるかを伝えることです。
また、実際に何かしらのOff-JTに部下が取り組んだのちには、学んだ内容をヒアリングし実務でどう活用するかを示唆するとよりその効果を高められます。
Off-JTで開発が可能なテーマは、業界知識や業務遂行に必要な知識や技術と、職種に関わらずどのような仕事をする上でも求められる汎用的なスキルの2つに大別して考えることができます。
①業界知識、専門知識・技術
業務とOn The Job Traning(OJT)の中でも業界知識や専門知識・技術を身に着けることができますが、基本的な知識を構造的に理解して全体像を把握するためには、Off-JTも効果的です。
具体的な方法としては、業界知識や専門知識・技術に関しての勉強会などを社内で実施するほか、外部の講座などを受講することになります。
また、業界の展示会などに参加して最新の業界動向を把握することも方法として考えられます。
また、最近では、ビジネスパーソンの知識やスキルをシェアするサービスも増えてきていることから、形式的な「学習の場」を設けるだけでなく、外部の経験者にインタビュー形式でヒアリングを行い業務知識を外部から取り込むことも有効です。
②汎用的なスキル
職種に関わらず、責任や判断の範囲を広げて対応できる仕事の幅を増やしていくためには、ポータブルスキルを伸ばしていくアプローチが考えられます。
ポータブルスキルは様々な定義がありますが、『厚生労働省』”ポータブルスキル”活用研修 講義者用テキストでは、「仕事のし方」と「人との関わり方」として汎用的なスキルを整理しています。
- 仕事のし方
・課題を明らかにする
「現状の把握」課題設定に先立つ情報集の方法や内容、情報分析など
「課題設定の方法」会社全体、事業・商品、組織、仕事進め方などの設定する課題の内容
・計画を立てる
「計画の立て方」計画の期間、関係者・調整事項の多さ、前例の有無など
・実行する
「実際の課題遂行」本人の役割、スケジュール管理、関係者、柔軟な対応の必要性、障害の多さ、成果へのプレッシャーなど
「状況への対応」柔軟な対応の必要性、予測のしやすさなど
- 人との関わり方
「社内対応」指示に従う必要性、提案を求められる程度、社内での期待役割など
「社外対応」顧客、取引先、対象者の数、関係の継続期間、関係構築の難易度など
「部下マネジメント」部下の員数、評価の難しさ、指導・育成が必要なポイントなど
Off-JTで何かしらポータブルスキルを高める必要性が認識されている場合には、実務において何かしらの課題が特定されていることが多いはずです。
上司(マネージャー)の視点としては、実務の中で「もっとこの観点でレベルを上げてほしい」という部下に期待をしたい点が何かしらはあるはずです。
Off-JTでのスキル開発で取り組みやすいテーマ例
姿勢 | 自分自身のコントロール | 緊張感の高い状況でも感情をコントロールし、成果を出すことに集中する |
主体的に物事を完遂する | 問題を解決するために、自ら考えて動き、最後までをやり遂げる | |
自発的に学習する | 現状に甘んじることなく、現在と将来のために知識・スキルを向上する | |
チームで協働する | 周囲と信頼関係を作り、チームで成果を出すために自発的に働きかける | |
時間を有効に活用する | 工夫や段取りの改善を行い、限られた時間の中でスケジュールを守り業務を進める姿勢 | |
思考 | 情報収集力 | 担当業務に関連する領域の最新動向や先進事例を収集し、取り組くむ |
数字を分析する力 | 数値データから意味合いを抽出する | |
構造的に物事を捉える力 | 事実を多角的に体系だって捉えて、問題を特定する | |
仮説・プロセスを設計する力 | 物事の本質をつかみ、課題を立ててその解決に向けて工程を設計する | |
事業のバリューチェーンで考える力 | 企業の価値提供の流れや差別化要因から仮説や打ち手を考える | |
対人 | 伝える力 | コミュニケーションにおいて、分かりやすく自分の持っている情報や考えを伝える力 |
他者と連携する力 | 相手と信頼関係を構築し、情報を引き出しながら、合意形成する力 | |
資料を作成する力 | 文書、チャート、企画書、提案書を作成する力 | |
チームをリードする力 | 自分の考えを打ち出し、目指す方向にチームをメンバーを動かす |
Off-JTを有効に活用するためには、事前に課題を提示して「何を、どのようなレベルに到達できるように」学んでほしいのかを明確に部下本人に認識してもらう機会を作ると良いでしょう。
また、Off-JTの後にも学んだことを実務でどのように発揮してほしいのか、実務の遂行状況も観察しながらフィードバックをすることで学んだことを定着させ、結果的に知識やスキルの向上を図ることが可能になります。