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コミュニケーションの 質を高める

マネジメントに脳科学を

地球上の生物に脳という機能が誕生したのは、5億年ほど前だと言われています。

古代ギリシャ時代から文明の発展ともに脳機能の研究は進んできましたが、その全容の解明は現代においても巨大なフロンティアだと言われいます。

しかし、近年は脳に関する研究の進展が進み、その知見をビジネス、教育、スポーツなどの様々な分野で活用しようとする試みがさかんになっています。

ここでは、脳科学の知見を企業の人材マネジメントや育成にどのように活用できるのかを考えていきます。

脳科学とは

脳科学は、ヒトや動物の脳の構造や脳が生み出す機能や現象について研究する分野です。

神経細胞の動きに関する電気活動を調べる電気生理学、遺伝子・タンパク質レベルで神経細胞の特性を調べる分子生物学、脳の各部位がどのように機能しているかを研修する脳機能マッピング、動物やヒトの行動や心理的な動きを観察する行動実験や心理学研究などの様々な分野が存在しています。

脳科学の研究によって視覚、聴覚などの感覚をどのように感じるか、記憶、学習、言語、思考などの高次認知機能の仕組みや情動や心の状態がどのように生じ心身に影響を与えるかなどの解明が進められています。

こうした研究成果は、アルツハイマー病をはじめとする脳の予防や治療だけでなく、脳を知ることで人を知り実生活に応用することや人口知能やニューラルネットワークなどの新しいテクノロジーの活用にも応用が進められています。

脳の3つの基本構造

脳の機能は、脳幹、大脳辺縁系、大脳新皮質の大きく3つに分かれます。

脳幹は、種の保存などの生物としての本能的な行動を司る部分です。

大脳皮質で処理された情報を脊髄に伝達して実際の行動に反映する役割を担います。

大脳辺縁系は、情動や喜怒哀楽の表出や食欲、睡眠欲などの本能的な間隔を司っています。

大脳新皮質は、言語機能や抽象的な思考などの知的活動を行います。

20世紀中ごろにイエール大学のポール・マクリーン博士は、脳幹を爬虫類脳、大脳辺縁系を哺乳類脳、大脳新皮質を人間脳脳として分類し三位一体脳と呼ばれる仮説を唱えましたが、最近の研究では鳥類にも大脳皮質に該当する部分が存在することが明らかになっています。

必ずしも進化の発展段階に応じて脳が直線的に発展してきたとは言えませんが、脳の機能を大きく分けると生存に関わる部分と、無意識的に感覚に関連する部分、意識的行動に関係する部分に分けて捉えることができます

生存に関する部分は、反応速度が最も早くこの反応を変えることは難しいとされています。

一方で、無意識的な感覚に関する部分は、トレーニングによって反応の仕方を変えることができるとされ、意識的行動に関係する部分、物事を理解することによって反応を変えることができるとされています。

人が行動する仕組み

何かしらの行動を人が行うには、どのようなプロセスが存在しているのでしょうか?

人が言葉を発したり何かしらの行動を起こすには、刺激に応じてその反応速度が異なるものの一定のプロセスが存在します。

外界や環境からの何かしらの刺激を認知すると、身体反応が生じます。それによって気分や感情が沸き起こり具体的な行動をするというステップをとります。

同じような刺激を受けたとしても、その刺激をどのように受け止めるかによって気分や感情が異なってきます

ポジティブかネガティブかには関わらず、外界の刺激の認知から身体反応や感情の動きが起こる行動につながるという仕組みになっているのです。

このプロセスの中でポイントとなるのが、その刺激を感情としてどう受け止めるかという点です。

能は、生存や繁殖を脅かすことを回避するように進化してきており、不快だと思えば逃げる、戦いながら危険となる行動を回避する「不快回路」と安心や快を感じられれば、その報酬に接近しようとする「快回路」の2つの回路で物事を捉えて行動するようになっています。

同じような外界からの刺激であっても「不快」と感じればそれを回避しようとしますし「快」だと認識すれば、それを得られるように行動するということです。

脳の3つの基本構造で紹介した生存に関する部分は、解釈の余地なく身体的な反応になりますが、無意識的な感覚に関する部分はトレーニングによって変更可能です。

さらに、意識的行動に関係する部分は認識の仕方、受け止め方によってその結果となる行動が変わってきます。

これまでの経験や自分の信念、価値観からある刺激を受けたときに特定の感情が生じやすくなる、状況を固定観念から判断してしまうということは誰にでもあることですが、仕事などの社会生活に関わる領域においては、一定の練習や言葉の解釈を調整していくことによって、従来は「不快」だと感じていたことを「快」として認識するように変化する余地があるということになります。

協力を引き出すSCARFモデル

人々が相互に連携して変化に対応していくために、社会における人の行動のドライバーを特定したのがDavid RockによるSCARFモデルです。

●SCARFモデルの頭文字
・地位(Status)
・確実性(Certainty)
・自律性(Autonomy)
・関係性(Relatedness)
・公平性(Fairness)

脳の基本的な動きとして、報酬に近づこうとするか、脅威から逃げようとするかの2つの反応があるといいます。

そして、その判断の観点となるのが地位、確実性、自律性、関係性、公平性です。

報酬にあたるのは、具体的には水や食べ物、肉体的な資産、お金などの要素が挙げられますが、地位、確実性、自律性、関係性、公平性が高まることに向かってそれを得ようとします。

一方で、罰を受けたり、お金や様々なリソースを失うこと、何かしらの病になることも脅威として感じられます。

これらは地位、確実性、自律性、関係性、公平性を失うことにつながるため、その喪失の脅威を回避しようという傾向が強まるのです。

SCARFモデルによって自分自身のモチベーションの源泉が何かを知ることができるほか、何かしらの想定外の攻撃を受けたときにもその状況を受け止めるための手助けとなるでしょう。

育成を図る立場であれば、何かしらのトレーニングが育成対象者への地位、確実性、自律性、関係性、公平性が高まるという大きな文脈を理解できるようなアプローチをとることが有効です。

何かしらの脅威を回避するという文脈でも短期的には育成効果はあがるかもしれませんが、継続性は期待できない可能性が高くなります。

あくまでも、報酬に近づくためのアプローチで育成対象者の関心を引き付けることが望ましいと言えます。

ところが、企業組織においてマネージャーなどの上位職の存在は、一般職からみると脅威の存在になることもあり得ます。

なぜなら上位職との関係性は自分の地位や自律性などに影響を与える可能性が高いからです。

指示やフィードバックを行う際に、具体的に意識できることを考えてみましょう。

地位(Status)
話をする時に、上下関係を強調しすぎない
確実性(Certainty)
ネガティブな情報や追加の依頼をする際には、前もって情報を伝えておく
自律性(Autonomy)
指示をする際にも相手の合意や考えを述べる機会を作る
関係性(Relatedness)
安心感と健全な緊張感をお互いに持てるような場を作る
公平性(Fairness)
起きた事実に基づいてフィードバックをする

 

マネージャーはSCARFモデルの5つの観点で過剰な脅威を与えないように配慮しながら、業務を通じて報酬に近づいていく実感をもてるような働きかけを行うことが求められます。

参考:
脳科学と心理学ー比較神経科学からみた進化にまつわる 誤解と解説

認知とは

認知という言葉には、一般的に「ある事柄をはっきりと認めること」という意味があります。

脳科学、心理学、言語学などの領域では「人や動物が外部の情報を収取して、それを知覚、記憶する過程」を指します。

普段の生活で「人に会った時に、挨拶をする」「赤信号で止まる」など何気なくやっている行動も、実は対象や状況を一瞬ごとに絶えず把握、解釈しながら「状況を認知」した上で、行っているのです。

「赤信号で止まる」という状況にあった適切な対応ができるのは、①信号の赤には「止まれ」という意味があるというルールを知っていて、②その知識をもとに今の状況は止まるべきだと認識する、そして③実際に進行せずにとまるというように認知の仕組みを踏まえた行動を人はとっています。

認知行動療法は、認知に働きかけて自分の状態や状況との関連性を気持ちを楽にする方向に整理しながら自分のコントロールを高めていくアプローチです。

ストレスが継続的にかかっている時などは、不安や心配、自己防衛の気持ちなどから「悪い方に物事を考えて、さらに自らにプレッシャーをかける」ように状況の認識や考え方が偏りやすくなりますが、認知行動療法を通じて、自分自身の主観だけではネガティブに捉える傾向になっているものを、ポジティブすぎもせず、より客観的で現実的な認識をすることができるようになっています。認知行動療法の考え方を踏まえると認知の働きをよりわかりやすくなります。

認知行動療法の考え方

人は他者との関りや自分が遭遇した状況に対すると、何かしらの認知、行動や気分、身体的な反応が生じるようになっています。

この認知や行動、気分、身体的な反応は相互に関連しているということは、日常生活の中でも実感しやすいものでしょう。

同じような状況でも自分の気分が落ち込んでいる時では、よりネガティブな方向に状況を認識してしまうということがあります。

また、仕事に集中して取り組んでいる時にプレッシャーを感じるとじわじわ汗がでてくるのを感じて、自分が緊張したり自己防衛的になっていることを自覚するということもあります。日々の自分や他者の行動も認知行動療法の考え方をもとにすると理解がしやすくなり、言葉を交わしているだけでは把握しづらい個人の内面で起きていることも捉えやすくなるのではないでしょうか。

マネジメントに応用すると

・状況や他者の外界の刺激が、人の認知・行動・気分・身体的な反応に相互作用を与える

・人の認知・行動・気分・身体的な反応も相互作用する

という認知行動療法の基本的な考え方を踏まえると、上司が部下をマネジメントを行う際にどのように応用することができるでしょうか?

人は誰でもある出来事や状況に直面した時に、瞬間的にその状況を認知して、感情を抱き行動をします。

その認知の仕方は自動思考と呼ばれるように、本人も無意識的に思い込むように解釈してしまう傾向にあります。

例えば、上司が部下に対して「あの仕事のスケジュールはどうなっていたかな?」と声をかけたとします。

そして部下は「すぐやります!」と答えたという状況について考えてみましょう。

日常的によくありがちなこのような状況でも、実は会話が成り立っていないということもあるのです。

上司本人としては、進め方のスケジュールを明確に意識してしなかったために、今後の予定を確認したいと純粋に思っている状況でした。

しかし、部下側は「上司からスケジュールを確認された」という状況に対して反射的に、「仕事を進めるのが遅いという指摘を上司から受けた」と認知したということです。

このようなケースでは、部下がこれまでの経験から「上司からのスケジュールの確認」に対して何かしらのネガティブなイメージをもっていたことから、これまでの経験から状況を認知して「上司からの声かけ」に対して過剰な反応をしたと解釈できます。

もしくは、部下本人がこの仕事をスケジュールに不安や懸念を持っていた場合でも同様の反応をすることが想定されます。

このような場合では、上司は「スケジュールを聞いた」という行動は、「あくまで今後のスケジュールを確認しておきたい」という気持ちによるもので、部下の仕事の進め方自体に何か指摘をしようとしたものではないことを説明したうえで、知りたかった情報を伝えてもらうように部下に依頼するとよいでしょう。

部下の言動が、上司側の本来の意図とは異なる認知に基づいていると考えられる場合は、その意図を説明して認知のずれを解消しておくと仕事を進めていく上での行き違いを少なくすることができます。

また、このような状況に対する自動的な認識には人それぞれ経験に基づいたパターンがあるものです。

それぞれの部下が状況に対してどのように認識する傾向があるのかを意識して観察するようにすると、質問や投げかけに対しての応答の理由や背景を捉えることができます。

部下の言動に対して何かしらの指導をする時に、具体的な言動をこうしてほしいと指導をすることも有効ですが、状況に対しての認知の仕方に着目するとより効果的な指導がしやすくなるでしょう。

時には、状況に対する受け止め方をすり合わせすることで、その後のアクションをより良い報告に導きやすくなります。

参考:認知行動療法の理論と基本モデル

男性脳・女性脳

物事の感じ方や情報の受け止め方、何かしらの結論を出すときに何を根拠にするかなど同じ状況においても性別によって脳の構造的な違いがあるのではないか?

そのような関心に基づいた「男性脳」「女性脳」という言葉は日常的にも見聞きするものです。今回は、「男性脳」「女性脳」について考えてみます。

「男性脳」「女性脳」は存在しない?

2015年にPNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences)に掲載された論文Sex beyond the genitalia: The human brain mosaicによると、人間の脳のはモザイク構造でできており「男性脳」「女性脳」という2つの分類に分けられるような構造になっていないという研究結果が発表されています。

「男性脳」「女性脳」を断定できるのであれば、男性の脳と女性の脳には形態としての重複がないと断定できる必要がありますが、1,400人以上の人の脳のMRI解析の結果明らかになったのは、男性の脳と女性の脳は広範囲で共通する構造が認められるということでした。

また、記憶に関する領域である海馬の一部は一般的に男性の方が女性よりも大きいと言われていますが、一部の女性は平均的な男性よりも大きい海馬を有しているなど、平均的な傾向を比較することはできても必ずしも違いを断定できる結果にはなっていません。

さらに、「男性脳」と考えられる特徴を完全に有している男性、「女性脳」と考えられる特性を有している女性は、むしろ稀であり、多くの人は「男性脳」・「女性脳」の特徴をモザイク的に有しているとされています。

それでも関心を集める男性脳・女性脳

純粋に自分とは別であることから違いを知りたいという個人的な興味から認識や能力、行動様式の違いを脳の構造を根拠に説明することが可能であれば、社会的な立場や役割の分担、得意・不得意の説明に合理的な理由を与えられるのではないか?という問題意識まで様々な観点から「男性脳」「女性脳」は関心を集めています。

歴史的に思想家の関心も集めるテーマであり、「やっぱり違うのか」「だから違うのか」という日常生活の様々なシーンで「思い当たる」ことがあるテーマであるようです。

では、改めて「男性脳」、「女性脳」はどのような意味でつかわれることが多いのでしょうか?

例えば、アラン・ピーズ, バーバラ・ピーズによる『話を聞かない男、地図が読めない女』では、男性脳は、空間的認識能力の高さから、地図を読み、道案内をすることが得意で、女性脳は、マルチタスクをこなすことや人と協力することが得意とされています。

また、サイモン・バロン=コーエンの『共感する女脳、システム化する男脳』では、女性型の脳は共感する傾向が優位になるようにできており、男性型の脳はシステムを理解し構築する傾向が優位になっているという理論を要にしています。

共感とは、他の人がどのような感情を持っているかを感じ取り、相手のものの見方や考え方に沿って理解をし、相手に対応した感情を自分も抱くことです。

システム化とは事象に対してパターンや構造を探り出そうとすることや、次の展開を予測して、新しいシステムを作ろうとすることをここでは指しています。

その他の心理学研究でもの「男性よりも女性の方が感情の起伏が大きい」「男性よりも女性の方が、感情表現を読み取ることに長けている」などの研究結果もあるようです。

しかし、サイモン・バロン=コーエン自身も指摘しているように「その特徴はすべての人にあてはまる傾向ではなく、平均的な女性と平均的な男性を比較した結果」として受け止め、現実の日常生活ではそのまま適応して考えるのではなく、相手の個々人の特徴を見るようにした方がバイアスを避けることができるのではないでしょうか。

 

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